小柄 銘 貞勝生

 江戸後期水戸金工について

滑川貞勝 小柄

 表(左図)は、猩々の図。裏(右図)は、若松の図。サイズは約、縦97×巾14×厚み4mm。金四分一地金、磨地仕上げ。作者は、滑川貞勝。常陸の国水戸、江戸住。幕末より明治初期。佐藤寒山氏の箱書きがあり、朧銀地高彫色絵、銘 貞勝生、水戸住滑川也、勝平・勝-の門、出来見事也珍品珍重、昭和五拾壱年晩秋 寒山花押、と書かれています。もともと、水戸の旧家に旧蔵されていました。
 猩々とは、辞書を引くと「架空の動物で最も人類に近い猿の一種。声は子供の泣き声に似て人の言葉を理解する。酒を好む。→オランウータン。」この説明では、なんだか納得がいきません。裏に若松が描かれているので、能楽を意識しているのかも知れません。
 唐の国、揚子江のほとりで、貧しいが孝行息子の高風は、不思議な童子に会います。童子は、名や素性を問い、酒徳を讃え合い、再開を約束して別れ、揚子江へ帰って行きます。後日、高風は、不思議な夢を見ます。その夢教えに従い、揚子の市で酒を売ると、みるみる裕福になってゆきました。不思議な事に、市には、酒を飲む童子がつど現れます。盃を重ねても顔色が変らず、不思議に思って名を聞くと、揚子江に住む猩々と名乗ります。高風は、潯陽の江のほとりで、酒を持って待つと伝えます。その夜、長寿の菊薬の酒を壷に入れ、月をめでながら、猩々を待ちます。深夜に猩々が現れ、再会を喜びあい、酒を酌み交わします。猩々は、飲みや踊れやで、高風の素直な心を讃え、汲めども尽きない酒壷を授けます。なんと羨ましい話でしょうか。酒飲みには嬉しい題材です。
 この小柄、とにかく猩々の顔が好きです。歯をむき出しの笑い顔なのですが、ちょっと恐い笑い方なのです。無邪気と言うよりは、人の心を見下すような不思議ななんとも言えない顔です。酔って瓶の縁に立つ姿も、微妙なバランスの上に成り立っています。首の位置など気になる所は有りますが、ひしゃく越しに何かを見ている雰囲気が良く出ていると思います。
 江戸時代より、水戸は多くの金工師を輩出してきました。江戸にも近く、さかんに交流された事と思います。が、水戸金工の評価には、田舎臭い、野暮ったい、品がない、と言う評価をよく聞きます。はたしてそうなのでしょうか。また、水戸は裕福ではなかったから、素材の材料が悪いとも言われます。確かに、四分一地金が多く、質の良い赤銅はあまり見かけません。しかし、一門の師匠達は、良い地金を使っています。これは、江戸時代後期頃のスタイルではないのでしょうか。江戸文化も爛熟しきった後、文化の担い手が裕福な町衆に替わった時、真っ黒の赤銅より、鈍い輝きの四分一がもてはやされたような気がしてなりません。物の表現の仕方も、日本風の写実と細部の描き込みが、好まれた時代の様な気がします。また、この金工達は上手すぎました。ちょっと優れた物は、江戸金工に名前を改ざんされてはいないでしょうか。あきらかに水戸風の浜野矩随を見た事があります。奈良派と言われる水戸金工?が、存在する様な気がします。そして、残った作行きの少し落ちた物が、水戸金工の評価にされている様な気がします。



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