ギリシャトルコ編

クレタ島(Crete)

 9時にホテルをチェックアウトする。クノッソスの遺跡と、博物館とどちらを先に見に行こうか迷ったが、まずはヘラクリオンの考古学博物館の方へ向かった。今までの経験で、出土品を見てから遺跡をまわった方が良いような気がしたからだ。いきなり広大な廃墟を目前にして呆然と立ち尽くすより、先に遺跡から発掘された壁画や装飾品、陶器などを見ておいた方が遺跡の様子が分かりやすい。特に博物館に生活用品などが展示されている場合はよけいだ。
 紀元前2,000年頃、クレタ島にミノア文明が開花する。紀元前18世紀頃、ティラの火山噴火と地震(アトランティス伝説の)で、国は壊滅状態になるが、国力が有ったので、見事な復興を遂げたと言う。その後、ギリシャの侵略にあい、ミノア文明は紀元前15世紀頃に滅んでしまう。ミノア文明は、小国家のローカルな文化だが、その芸術性は非常に高い。壁画、金細工を含む工芸品、陶器類、その中でも特に興味を引くのは、陶器類に描かれた文様だ。幾何文様から抽象化された草花類、その中でも海洋王国らしい海の生物の文様などはとても素晴らしい。十分、現代に通じるデザインなのだ。
 工芸品では、クノッソスの宮殿から出土した、陶器のヘビ女神像や、雄牛の頭の献酒容器が素晴らしい。雄牛の頭の献酒容器は、どのようにして酒器に使用したかは分からないが、たいへん美しい。真新しい金の角は現代に取り付けたものであろうが、違和感も無く収まっている。継ぎ跡を見るとかなり破損していたと思われるが、きれいに修復されている。また、水晶で出来た献酒容器も美しい形だ。
ミノア陶器 金細工で、蜂のネックレスが細工も良く美しい。金製品を見ていてなにか気になっていたのだが、アテネ国立考古学博物館で見たミケーネの金細工に良く似ている。海洋王国クレタが、エーゲ海を縦横自在に交易していたのだろうか。興味深い。
 ミノア陶器はかなりの数が展示されている。特に蛸の文様のものが面白い。陶器の表面を、蛸の足が自由に泳いでいる。どれ一つ取っても素晴らしい。タコブネの模様の水指しが特に素晴らしかった(写真撮影禁止)。
 この博物館にはクノッソスから出土した壁画が全て展示されている。壁一面に泳ぐ沢山のイルカ、様々な王宮の生活など素晴らしいものが有る。特に、パリジェンヌと題された壁画断片は、素朴な筆勢の中に力強い美しさをたたえている。

 もっとゆっくり見ていたかったが、クノッソスの遺跡も行きたいし、それより、なにより先にロドス島までの足を確保しなければならない。午後になる前に旅行代理店を探さなければシェスタの時間だ。旅行代理店は、知らない土地で探すとなると大変だ。特にヘラクリオンは街が大きい。どこに有るのか見当も付かない。賑やかそうで、観光客の多そうな所を探す。旅行代理店はどこも決まったように、店先にディスカウントチケットの案内を貼り出しているのですぐにわかった。しかも集中して何軒もある。理想は、今夜フェリーに乗って、明朝ロドスに到着だ。期待を持って、片っ端からあたったが、悲惨な結果が待っていた。フェリーは、当分運行の予定がなくて、飛行機も、明日の20時じゃ無いと無いらしい。1軒で、アイオスニコラオス(Agios Nikolaos)の旅行社だと、ロドス行きの船が有るかも知れないと言わる。

 とにかくアイオスニコラオスまで行ってみようと思う。急いでアイオスニコラオス行きのバス停の場所を聞いて、バスに乗る。このバスは指定席だ。海岸沿いの道を東ヘ向かう。道の左側にはえんえんと海水浴場が続く。途中、少し大きな町へ入る。ここが、マリア(Malia)だろうか。ガイドブックには、ここにもミノア時代の遺跡が有ると書かれていたが、今、寄るわけにはいけない。マリアを抜けるとバスは山間部へ入って行く。かなり高い所まで来ているのだろうか、耳がツンツンしてきた。途中、バス停も無い所でバスが止まり、運転手がバスを降りてゆく。何ごとが有ったのかと思ったら、バスの運転手は、缶ジュースを手に持って帰ってきた。何も無かったようにバスは出発した。乗客も、なにも反応がない。お国柄なのか。
 1時間ほどでアイオスニコラオスに着いた。山が近く美しい町並みだ。港には色々な船が並んでいる。とにかく光が明るい。さっそく、旅行代理店を探すが、なかなか見つからない。安っぽいディスカウント情報など店頭に出していないのだ。やっと見つけて、何軒かあたって聞いてみるが、ロドス行きの定期便のようなものは無いそうだ。フェリーもずいぶん後になるらしい。豪華クルーザーのチャーター便だったら、いくらでも有ったが、恐くて、値段が聞けなかった。仕方なので、ヘラクリオン行きのバスの時間まで、散歩をしながら時間を潰す。

 クレタの人は、ギリシャの人とは違った人種なのだろうか。顔つきも違うし、何より、背が低い。かなり、アジア的な顔だろうか。
 14時、ヘラクリオン行きのバスが出る。ギリシャのバスは基本的に禁煙だが、運転手は、運転しながら煙草を吸っているのを良く見かける。乗客でもたまに、心臓の太い人が吸ってるが、たいがい回りから嫌われている。それで止めるかと言うと、そうでも無いのだ。どの程度のルールが有るのだろうか。
 ヘラクリオンに戻って、今夜のホテルを探す。中級のホテルは、どこでも、すぐに宿が確保できる。
 ロドス行きについては、じたばたするのはやめて、明日の飛行機でロドスに行こうと思う。時間的に今日、クノッソスの遺跡に行くのは無理そうだ。あとは、明日考えよう。
 ちょっと早めに夕食を取る。ヘラクリオンも、ミコノスと同じで、ギリシャ料理のレストランより、イタリア料理のレストランの数が圧倒的に多い。ミコノスとちょっと違うのは、イタリアンレストランに入って、うっかり注文したら、個々の皿の上に乗ってる料理の量がすごく多い。貧乏性のせいか、注文した食事を残すのは嫌いだ。かなり苦しい思いをしたが、皿の上は空になった。
 アギオスミナス教会へ行く。観光客が、場違いな場所では有るが、咎められる事は無い。光に照らされるイコンが美しい。
 しばらく街の中をぶらぶらしながら、宿に戻る。ホテルの外では、酒の入った陽気なオヤジ達が、ブズーキと言う民族楽器に合せて歌を歌っている。この楽器の音は、バスの中でお馴染みだった。バスに乗ると、必ずと言って良いほど運転手は、この楽器が伴奏の歌を聞いていた。バスの、車内外の雑音で、歌は聞き取れないが、ブズーキのメロディだけは耳に入ってきていた。哀愁をただよわせた音だ。0時を回っても酒盛りは続いていた。

クノッソス遺跡 チェックアウト後、ホテルに荷物を預けて、クノッソスの遺跡ヘ向かう。遺跡の規模は大きいのだが、細かく区切られた部屋、細い通路が、人を密集させて、かなりの人出に感じる。
 すこし、神話を紹介したい。ポセイドンへの生贄の牡牛を、ミノス王が提供しなかった為に、ポセイドンは、その妻パシパエを、生贄の牡牛に欲情させてしまう。パシパエは、牛の着ぐるみまで造って、牡牛と交わり、牛頭人身の怪物、ミノタウロスを出産する。ミノス王は神託により、ミノタウロスを閉じ込める為、ダイダロスに命じて迷宮(Labyrinthosは、王家の象徴、両刃の斧の事をさす)を造りミノタウロスを封じ込める。クレタとアテネとの戦いの後、アテネには、ミノス王を満足させるように、と神託が降りる。そこで、ミノス王はミノタウロスの為に、男女7人づつの生贄を提供するよう求める。この中に、アテネの英雄テーセウスが紛れ込み、ミノス王の娘アリアドネの協力を得て、ミノタウロスを退治する。
 当時、クレタがアテネを従えていたのも興味深いが、入ったら出られない迷宮について書かれているのが、何より興味を引く。しかも、天才建築家ダイダロス(神話上の人物)によって、創られたとされている。神話の話が、現実に存在しているのだ。この、1辺160m、4層(4階建て)の遺跡は、まさに迷路だったに違い無い。部屋数はゆうに千を越えていると言う。遺跡は、神殿部分と王宮部分に分かれている。
 ガイド抜きでやみくもに歩き回ったが、迷子になりそうだ。入り口近い神殿跡から入ってゆくといくつかの部屋が有り、階段を降りてゆく。下には王座や奉納庫跡が有る。王の部屋にはグリフィン(ライオンの体に鷲の頭を持った空想上の動物)の壁画が描かれ、王の椅子が置かれている。かなり小さい石の椅子だ。骨格が小さかったのだろうし、健康管理も良かったに違いない。
 発掘された貯蔵壷が保存されている。2m近くは有るだろうか。この壷を焼くには、高い技術と大きい窯が必要だっただろう。さすがに一番大きい壷にはあまり装飾が施されていないが、小振りのものには色々な装飾が施されている。しかし、実用的なもののせいか、博物館にあったような質のものは見当たらない。雨ざらしで展示されているものにたいしてやむを得なかったのだろう。
 広場(中庭)を挟んで王宮の領域になる。一番低い場所なのだろうが、日の光は十分過ぎるほど明るい。中庭を家の中心に持つ、古代ローマの住宅の原形がここに有るのかも知れない。
 階段を上がって、女王の部屋や浴室跡を見学する。
 この遺跡に来てずっと気になっている事が有る。保存と公開、そして修復の難しさだ。壁画は、修復済みの作品を模写されており、古びの有るものだが、赤と黒のクレタ様式の柱(上部が太く下部が細い)だけが、真新しく立ち並ぶ。壁画の無い壁はそのまま放置されているのだ。また、いたる所で左官工事が入っていて、長い年月ですり減らされた床や階段も平に塗り替えられている。
 創建当初の姿に戻したいのか、現在の状態で保存したいのか、はっきりしない。実際にここに立ってみると、保存と研究、それに対して、観光施設としての公開のバランスをどこに持ってゆくのか考えさせられる。素晴らしい遺跡なのだが、どれもこれも中途半端だ。いくつかの部屋は完全に復元し、後は現状保存というわけにはいかないのだろうか。ところどころで、遺跡の発掘はいまだに続けられている。
 遺跡を出た所に、牛の角のように見える両刃の斧のモニュメントが設置されている。真新しいそれは、とてもシンボリックで、遺跡に置かれた現代彫刻のようでたいへん美しい。日本人の団体観光ツァーを2組見かける。

 街へ戻り食事を取る。昨日とは違うイタリアンレストランに入ってカルボナーラを注文したが、やっぱりものすごい量が出てきた。量の多いのは地域的なものかも知れない。
 クレタ島では良くベンツを見かける。5台に1台はベンツのような気がする。しかも、みんなボロボロなのだ。日本ではみんな綺麗に乗っているが、もしかしたら、あれ位からがベンツのベンツたる由縁かも知れない。
 公園で、軽く昼寝をしてから博物館ヘ向かう。昨日はバタバタ見て回ったが、今日は時間が有るので、もう一度ゆっくり見たかった。
 クノッソスから発掘された壁画の前に立つと、改めて保存と修復の事を考えさせられる。モザイク昨日は時間の都合もあったので、遠くから全体の雰囲気を見ただけで、あまり細部にはこだわらなかった。今、改めて見直すと、欠損部分は補筆されているが、その量がものすごい。20cm 角のオリジナルから1m 四方の絵を描きあげたようなものまで有る。ほとんど創作に近い。こういう、.重箱の隅をつっ突くような鑑賞をするのは嫌だが、どうしても気になってしまう。でも、基本的な絵の素晴らしさはかわりない。17時半頃まで博物館にいた。

 ホテルへ戻って、預けてある荷物を引き取る。ホテルを出ようとした時、フロントの係りに、慌てて呼び止められる。宿泊の際、預けていたパスポートを返してもらうのを忘れていた。たいへんうかつだった。もし、ホテルの人が気がつくのがもう少し遅かったり、僕がもう少し急いでいたらと思うとゾッとする。ロドスへ渡る事で頭がいっぱいだったと言えばそれまでだが、疲れが出てきたのだろうか。今後は気を付けたい。

 飛行機の出発の時間までだいぶ時間は有るが、飛行機のチケットの購入がまだなので早めにバスで空港に向かう。小さい空港ながら、どうやら国際空港らしい。北ヨーロッパ方面ヘのフライトが多い。
 チケットを購入するが、もう少し遅かったら席は無かったらしい。地方空港なので、甘く見ていたのがいけない。良く考えれば、日本だって地方空港の方がチケットは早めに無くなる。常識的な事が、考えもつかなくなってきている。空港の外へ出ると、芝が気持ち良さそうだったので、その上に寝転ぶ。ぼんやりすると、ろくな事を考えない。かなり危ない橋を渡ってきているのだろうか。どうせなら、ミコノスでもう1泊した方が良かったのだろうか。船旅にこだわらず、飛行機で移動した方が良かったのだろうか。それでも、なんとかここまで来ているので良しとしようと、気を取り直す。
 食事をして、空港待合室に戻る。昼に、クノッソスの遺跡にいた20人位の日本人団体観光客がいる。圧倒的に年輩の女性が多い。最近のツアーでもクレタやロドスを回るスケジュールのものが増えてきたのだろうか。とても良い事だと思う。特別、気にはしていなかったが、あからさまに僕の事を話している声が聞こえる。「日本人かしら」「ちがうわよ、トルコ人よ」し、失礼な「そうよね、こんな所に日本人なんていないわよね」なぜ?「ちょっと、日本の本を読んでるわよ」悪いか、これしか読めない「話しかけてみましょうか」えっ「だいじょうぶ」だれが、…。こんな会話が2mとは離れない、僕の目の前で話されている。ちょっといやな感じだったが、久しぶりの日本語と、悪意の無いのは解るので、しばらく話に付合った。やはり彼女達のスケジュールはハードらしい。0時過ぎにホテルへ着いて、7時頃には出発するのはざららしい。たいへんですね、と言ってはみたが、そのスケジュールに付いてゆく彼女達のバイタリティに圧倒される。
 1時間遅れの搭乗だ。日はどっぷり暮れて21時45分。ロドス島でのホテルは決まっているので安心だが、おそらく到着は23時を過ぎるのだろう。空港からホテルまでどうしよう。タクシーは有るだろうか。ホテルの予約は取り消されていないだろうか。また、つまらない事を考え出す。団体ツァーの人達がちょっぴりうらやましく感じる。クレタ島ではとにかくロスが多かった。
 飛行機はジェット機だ(空港の規模からプロペラ機だとばっかり思っていた)。横6人掛けで、DC9より大きい。離陸すると、日没直後なので、わずかだが明るくなる。ヘラクリオンの街がオレンジ色に輝いている。ものすごくきれいだ。思わず窓に釘ずけになる。ホメロスの言う「葡萄酒色の海」がそこに広がる。黄昏も落ちて月あかりの中、エーゲ海と地中海のはざまをロドスに向かう。空は満月だ。今夜はアルテミスのきげんも良いのだろう。




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